| くろいわ たかひろ | |||
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| 1966年(昭和41年)10月13日生まれ (満45歳) | 男 | ||
| 「全て潔(いさぎよ)し」 | A型 | ||
| 焼き鳥、山菜 | スキー | ||
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法務委員会 筆頭理事 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 理事 災害対策特別委員会 委員 新潟県第3区総支部 総支部長 民主党新潟県連 副代表 |
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| 衆議院 |
法務大臣政務官 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 筆頭理事 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 委員 国土交通委員会 委員 法務委員会 委員 |
| 参議院 |
沖縄及び北方問題に関する特別委員会(沖北委) 委員長 参議院国会対策委員会 副委員長 内閣委員会 委員 政治倫理の確立及び 選挙制度に関する特別委員会(倫選委) 委員 |
| 民主党 |
民主党新潟県連副代表 新潟県参院選挙区第2総支部長 内閣部門会議(所属党内部門会議) |
| 1979年(昭和54年) | 3月 | 新潟県南魚沼郡大和町立浦佐小学校卒業 |
| 1982年(昭和57年) | 3月 | 新潟県南魚沼郡大和町立浦佐中学校卒業 |
| 1985年(昭和60年) | 3月 | 新潟県立六日町高校卒業 |
| 1985年(昭和60年) | 4月 | 東京大学入学 |
| 1991年(平成3年) | 3月 | 東京大学法学部中退 |
| (財)住宅産業研修財団 | ||
| 黒岩地域福祉研究所 代表 | ||
| (株)日本アビリティーズ社 | ||
| 参議院議員公設秘書 | ||
| 参議院議員/新潟選挙区/1期 | ||
| 衆議院議員/新潟県第3選挙区/1期 |
<誕生>
昭和41年10月13日生まれ。4男3女の長男。
姉の萌実とともに男の子と女の子の双子として生まれました。
<幼少期>
昭和45年4月、地元の新潟県大和町にある浦佐保育所に入所。
写真(中央)から分かるように、いつも友達の中心にいておどけるやんちゃ坊主でした。
<小学時代>
昭和48年4月、新潟県大和町立浦佐小学校に入学。
夏は水泳や野球、冬はスキーと、スポーツ三昧の小学校時代を過ごしました。
<中学時代>
昭和54年4月、新潟県大和町立大和中学校に入学。
サッカー部に所属し、毎日ボールを追いかけていました。写真の青いユニフォームが黒岩です。
ポジションは攻撃の要であるセンターフォワード。現在の国会質問の攻めの鋭さにつながる貴重な経験でもあります。
<高校時代>
昭和57年4月、新潟県立六日町高校に入学。
写真は高2の運動会の時のもの。前列左で変な座り方をしてるのが黒岩です。
高校時代でもサッカー部を続ける傍ら、仲間とも大暴れしていました。「越後の暴れん坊」と呼ばれる由縁です。
<大学時代>
昭和60年4月、必死の勉強の末、東京大学教養学部分文科T類へ進学しました。この頃から本格的に政治の道を志します。
昭和62年、東京大学法学部へ進学するも平成3年に中退。現場・社会経験を身に付けるべく、机上の勉強に見切りをつけ、既に就職していた財団に体当たりで飛び込むことを決意します。
<社会人時代>
平成2年、大学在学中に「(財)住宅産業研修財団(旧建設省外郭団体)」に就職。中小工務店の経営研修や後継職人の育成等の仕事に関り、大学中退以後、本格的に携わります。
平成6年、同財団を退職後、「(株)黒岩地域福祉研究所」を設立し代表に就任。日頃から問題意識を抱いていた福祉の研究・実践に没頭します。
平成13年、福祉の現場に更に深く関わるべく、高齢者・障害者介護福祉の総合会社である「(株)日本アビリティーズ社」に入社。ここでの実践的勉強が現在の国会での政策立案に大きな影響を与えています。
同13年3月、母親の黒岩秩子さんが繰り上げ当選で参議院議員に。「(株)日本アビリティーズ社」を休職し、公設秘書第1秘書として母親を全面的にバックアップ。同時に、自身の政治家へ意欲を激しく意識する瞬間でもありました。
<2002年選挙戦>
平成14年1月、自民党参議院議員の死去に伴う参議院新潟県選挙区補欠選挙に「民主」・「社民」・「旧自由」・「連合」・「市民団体」の5本柱から推薦を受け無所属候補として立候補を表明。
「越後の暴れん坊」のキャッチフレーズで新潟県内を駆け巡りました。
そして同年4月28日、相手候補に約20万票もの差をつけて見事初当選!!
<民主党の暴れん坊>
平成17年12月13日、選挙中に掲げていた「3年間無所属」の公約をしっかりと果たし、晴れて民主党に入党。
活躍の場を更に広めた「越後の暴れん坊」こと黒岩たかひろは、地元新潟県民の想いを背に、現在の最大の政策である「政権交代」に向け只今驀進中です。
<民主党の暴れん坊・その2>
政権奪取へ新たな挑戦!
07’参院選では民主党2人当選には及ばず僅差で惜敗するも、県下支持者の熱望に応えて次期衆議院選挙新潟3区(新発田市、村上市、五泉市、胎内市、阿賀野市、旧豊栄市、岩船郡、聖籠町、阿賀町)で出馬を決意。民主党公認候補として政権交代に挑みます。
<民主党の暴れん坊・完結>
第45回衆議院総選挙(2009年8月30日)にて、新潟県最高得票率(66% 15万4985票)で当選。赤黒黄色の暴れん坊カラーから3区の田園豊かな稲穂カラーと「変える時」で挑む。支援頂いた多数の皆様の期待に応えるべく改めて国政で頑張る決意をする。
<黒岩政(まつりごと)通信の発刊>
参議員初当選以来発刊していた黒岩たかひろ応援団会報「暴れん坊通信」(2003年2月創刊号)に代わり衆議員当選にて「黒岩政通信」を発刊する(2009年10月創刊号)。国会、地元での日常を写真で飾る活動報告と応援団との交流の会報。黒岩たかひろ応援団ご加入の皆様に年間4回届けています。
<法務大臣政務官に就任>
平成22年9月21日衆議院1期生でありながら菅総理より「政務官」を拝命。国会に送って頂いた有権者の皆様に感謝し、法務省での「公務」と議員としての「政務」を両立し、民主党内閣の一員として責任を果たす決意をする。菅内閣のみならず鳩山政権時代を含め、民主党政権下では衆院1期生での政務官就任は私1人。責任の重さを痛感いたします。

